2014年4月20日日曜日

Lieber *****




四角い窓

-------------真昼
                      明るい憂鬱 青空


                   ソオダ水 (ラムネ)



              夏の残像
              恋の残像

鼓動の残響
孤独の残響






四角い窓

-------------真夜中

                     静寂
                        言葉
                             スヰトペイン


                   ロータスティー




そっと想う、

              恋の名残

君の面影





                       金魚

                             スヰトピイ

                                      体温







                                        Er ist mir lieb und teuer



2014年4月18日金曜日

ふたりの愛はレコードの溝に刻み込まれたまま、永遠に廻り続ける。


 加藤和彦のレコードを手に入れたのはいつ頃だったろう?香川県は丸亀市にある丸亀城公園の裏口に、中古レコードショップがあった頃だから、もう15年くらい前になるのかな?加藤和彦ソロ名義の「ヨーロッパ3部作」と呼ばれるLPを、3枚まとめて購入したように記憶している。
 90年代の終わり頃、DJカルチャーの台頭とともにレコードのリバイバルが興った。渋谷系というジャンルで一世を風靡していたアーティストたちは、銘々の仕様でポータブルプレイヤを限定発売した。流行に流されたくなかったぼくは、スタンダードなポータブルプレイヤを選んで買った。
 手始めに買ったレコードは、ピチカート・ファイヴやセルジュ・ゲーンスブールだった。これらは新品と復刻盤。すぐ後に、イブ・モンタンやアストラッド・ジルベルトも中古レコードで手に入れた。
 レコードがCDに切り替わり、すでに10年くらいは経っていただろうか?その頃になると、レコードを手放す人も多かったのだろう。欲しいレコードは、わりと苦労することなく手に入れることができた。
 そこで、加藤和彦である。レコードを買った時には、彼に関する知識をほとんど持っていなかった。奥様が、女流作詞家の安井かずみだったという程度。その頃にはすでに、安井かずみが臨終の床で書いた手記を読んでいたので、それを通してすこし知っているくらいだった。どんな音楽なのかも知らないのにレコードを買ってしまった理由は、単純にスリーヴデザインがかっこよかったから。特に、金子國義の絵を使ったLPは何か独特の趣があった。澁澤龍彦の世界を覗き見したみたいに、ドキドキしながらもどこか後ろめたい感じ。
 家に帰って、早速聴いた。どのレコードも、初めて針を置くあの瞬間はトクベツなのだ。スクラッチノイズと前奏の後、加藤和彦の独特な声がつぶやくように唄いだす。「Papa Hemingway(パパ・ヘミングウェイ)」「L'Opéra Fragile(うたかたのオペラ)」「Belle Excentrique(ベル・エキセントリック)」安井かずみの軽妙な詩とあいまって、ヨーロッパの街角に迷い込んでしまったかのよう。
 安井かずみが癌で亡くなり、加藤和彦も故人となってしばらく経った。これらのLPは、つい最近「CD付き書籍」という形で再発された。ぼくはもちろん、それも手に入れた。リマスタリングの施された音は、加藤和彦と安井かずみの愛を21世紀のデジタル技術で再現してくれている。けれどもやはり、彼らはもうこの世のどこにも居ないのだ。それならばせめて、今夜はレコードで聴こう。スクラッチノイズの向こうに、ふたりの愛が聴こえるはず。
 

衣服は、人となりの前にあまり効力がない。それはとても、逆説的な話。

 
 子どもの頃のぼくは、洋服に無頓着だった。母親から与えられるものを、何の思い入れもなく着ていた。ふと疑問を抱くようになったのは、高校生の時だ。「これからぼくの洋服を買う時は、自分で選ばせて。」母親に、そう申し出た。
 裕福な家庭というわけではなかったので、高価な服は到底買えない。母親がいつも利用していたのは、どこの片田舎にもある量販店。安くて、見栄えがそれなりであればいい。デザインの選択肢なんて、幾つもなかった。
 そんな店で、ぼくが最初に選んだのは茶色のシンプルなコート。高校生にしてはものすごく地味だなあと、自分でも思う。おばあちゃんが着ていてもおかしくないくらい。いや、実際に着ているおばあちゃんは居たに違いない。まさに、贅沢することを知らない田舎の中高年層が利用するタイプのお店だったから。
 ちょうどその頃、クラスメイトが入院をした。その友人を見舞う時、ぼくはそのコートを着て行った。カジュアルな服を着たクラスメイトたちの中に、ひとりだけシック。それが逆に目立ってしまった。「その服、君らしいね。」と、友人のひとりから云われた言葉を今でもはっきりと覚えている。それは、必ずしも褒め言葉ではなかったのかもしれない。けれど、個性的であることにポリシーを持っていたぼくは、褒め言葉としか受け取らなかった。いい気なものである。
 社会人になっても、相変わらず安い服しか買わなかった。3000円でも高いと感じるくらいだ。貧乏性もここまでくると、筋金入りである。
 一方で、実は中学生の後半くらいから「ファッション通信」というテレビ番組をよく見ていた。午後11時代の30分枠だったかな?元祖ファッションジャーナリストの大内順子がナビゲータを務めるファッション番組。一流のデザイナーが手がける最新ブランドの服や、世界のポップカルチャーを紹介していた。それを毎週ヴィデオに録画しては、何度もくり返しみていた。
 90年代は、ファッションと音楽がリンクし始めた時代。キャットウォークを歩くモデルのバックで、流れるのは最新のポップミュージック。ぼくはそれに大きな影響を受けた。……その話を始めると長くなりそうなので、それはまた別の機会に。
 そうこうしているうち、古着屋で買うことも覚えた。見ず知らずの他人が着ていた服を着ることに抵抗のある人も多いけど、ぼくにはそれがなかった。古着屋が魅力的なのは、すでに流通していないデザインの洋服が手に入るからだ。例えば、70年代に流行ったパンタロン。かつては「ラッパズボン」とも呼ばれた、裾に向かってフレア状になっているパンツの総称だ。時代遅れという認識なのか、その当時はどこにも売ってなかった。 古着屋を探しに探して、やっと自分に合うサイズを見つけた時は、かなりの達成感があった。しかもそれは、2000円弱という破格で手に入るのである。してやったり、だ。
 他には、アウトレットで買うこともあった。B級品とは云え、着るには支障のないお洒落な服が、安く手に入る。デザインも、個性的なものが多かった。
 20代のお洒落は、他人があまり手を出さないデザインにこだわりつつも、単一のブランドにすがることはしないという方針だった。気になるブランドの服でも、着たいと思えるものもあれば、何がいいのか解からない服もある。前述したファッション番組を通して、それはよく理解していた。しかし、30代に入るとそれもすこし違ってくる。
 いつしか、『時代を超えるデザイン』というものは確かにあるのだと考えるようになった。それは例えば、シンプルなカッターシャツ。多少のディテイルは違えども、基本はずっと変わらない。100年前にヨーロッパの人々が着ていたジャケットの下には、同じようにネクタイとカッターシャツが見える。それはつまり、流行に左右されなかったデザイン。時代が変わっても、スタンダードとして変わらず愛され続けたのは、デザインの持つ普遍性ではないのか?
 時々、粋だった母方の祖父のことを思い出す。外出する時は、シャツにネクタイにジャケット。いつも紳士みたいな佇まいだった。しかし、家に帰ると和装か、夏には浴衣で過ごす。それを子ども心に、粋だなあと思っていた。
 現在ぼくは、30代後半にさしかかっている。これからは、多少値が張っても『いいもの』を着たいと思う。もちろん、いたずらにブランド品を買うつもりはない。これまでの傾向としては、菊地武夫のデザインがすきらしい。けれど、相変わらず古着やセカンドハンドの店にあるものをちゃんと試着してから買うようにしている。
 そうして、最後に行き着くところはスタイリングのヴァリエーションなのだという気がする。今ある限られた洋服を、どう組み合わせたらヴァリエーションを生み出せるか。帽子やストール、バッヂや靴にネクタイ。時には、持つ鞄やアクセサリーまでトータルに演出する。
 そして何より肝心なのは、それを纏う人間の『生き様』だ。にじみ出る人間性如何で、洋服は粋にも無粋にも見えてしまう。そこだけは常に、気を遣って生きていたいと心から思う。
 

2014年4月13日日曜日

小さなしあわせ


 とりあえず、小さなオブジェがすきなのだ。よく行くアンティークショップや旅先で、気になるものを見つけると、必ず買ってしまう。それは例えば、アンティークのボタンだったりピンバッヂだったり。あまり見ないタイプのものなら、迷うことはまずない。「今買わないともう一生出会えないから…」と頭の中で自分への言い訳を唱えながら、それを手にしたまま他にも何かないかと物色する。「何に使うの?」と訊ねられても、それが欲しいから買うのだ。それ以外に何があるというのだろう。物欲に合理性など、誰も求めない。
 「レディメイド(既製品)」というアート理論を提唱したマルセル・デュシャンは云った。『この世のすべては選択でできている。』と。これとそれ、どちらを選ぶか。或いは、どちらも選ばないか。人生とは、その積み重ねでできている。
 若い頃には失敗もたくさんした。『これこそが自分の人生だ!』と、選択に自信が持てるようになったのはせいぜいここ10年ほどの話である。失敗しないと判らないことも、確実にあった。この頃は、そんなこともたびたび思い出してしまう。
 古いものがすきなぼくの部屋には、小さな抽斗がいくつもついたやはり古い木の物入れがある。そこには、そうやって手に入れた小さなオブジェばかりをしまってある。たまに取り出しては、にやにやとひとしきり眺める。しばらくご満悦の気分を味わったら、またしまう。そう、それはまるで子どもが集めたがらくたをおもちゃ箱にしまうみたいな感覚。カラスが、きらきら光るものを巣に持ち帰ってしまう感覚。犬が、大すきな骨を庭に埋めてしまう感覚。そんな気持ちを保ち続けるために、やはりまたお気に入りを増やすのだ。ひとつひとつ、厳選して。
 そんな人生は、案外悪くない。大きくて抱えきれないしあわせよりも、小さく掌に包めるくらいのしあわせ。何度でも噛みしめられる、そんなしあわせをいくつも集めて、何度でもにやにやしていたい。